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スポットライトリサーチ

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

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第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重久 浩樹 (しげひさ・ひろき) 先生にお願いしました!

重久先生は、コバルトヒドリド触媒を用いた金属水素原子移動 (MHAT: metal-catalyzed hydrogen atom transfer) とラジカル・ポーラー・クロスオーバー(RPC: Radical-Polar Crossover) を組み合わせた独自の分子構築法を展開されており、今回の研究では MHAT/RPC 法による新規2結合形成型環化 (annulation) による複素環構築法を開発されました。さらに重久先生は、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (ICReDD)MANABIYA プログラムに参加され、ご自身の開発された触媒反応のメカニズムを精密な計算化学によって解き明かし、その研究成果は ACS Catalysis 誌に掲載され、プレスリリースも行われました。

Annulation Producing Diverse Heterocycles Promoted by Cobalt Hydride

Takuma Sugimura, Ren Yamada, Wataru Kanna, Tsuyoshi Mita, Satoshi Maeda, Bartłomiej Szarłan, Hiroki Shigehisa*
ACS Catalysis, 2024, 14(20), 15514–15520. DOI: 10.1021/acscatal.4c05195

Abstract

This study demonstrates the efficient synthesis of various heterocycles using the metal hydrogen atom transfer (MHAT)/radical-polar crossover (RPC) method, emphasizing its versatility under mild conditions with high functional group tolerance. By distinguishing between cyclization and annulation, we underscore the complexity and efficiency of this approach in constructing intricate molecular architectures. Notably, the incorporation of an acetone solvent in the formation of cyclic acetal dioxanes from homoallylic alcohols reveals a unique annulation mechanism. Extensive substrate scope analysis and density functional theory calculations provide insights into reaction pathways, highlighting the critical role of cationic alkylcobalt(IV) intermediates and collidine in product selectivity. This study elucidates the mechanisms of the MHAT/RPC method and showcases its potential as a robust alternative to conventional synthetic strategies.

重久先生の人となりについて、MANABIYA プログラムで受け入れをされた ICReDD の 美多 剛 先生からコメントを頂戴しております!

重久浩樹先生は、東京大学薬学系研究科の柴崎研究室の同期であり、Phil Baran 研究室でポスドクとして研究を行われた後、臨床開発系ベンチャー企業に就職されました。その後、アカデミックの道へ転身し、現在も非常に優秀な有機化学者としてご活躍されています。薬剤師教育に重点を置く私立薬科大学において、数多くの研究成果を挙げており、特に JACSACS Catalysis に何報も掲載された論文がその実績を物語っています。これらハイランクジャーナルに論文を通すためには、リジェクトされてもその論文に価値があると判断すれば、あきらめずに結果を追加して再投稿するなど、論文投稿に関しても地道な努力を続けていると伺っています。

また、「薬剤師教育に重点を置く私立薬科大学では研究環境が十分に整っていない」という言い訳を許さず、重久先生は自身の努力と能力で卓越した成果を出されています。特に注目すべきは、向山・諌山反応のラジカル機構において、酸化剤共存下でコバルト4価種 (カルボカチオンと同等) が発生し (ラジカル・ポーラー・クロスオーバー機構)、それが求核剤と効率よく反応することを発見されました。この研究は有機化学における重要な進展であり、日本薬学会奨励賞Thieme Chemistry Journals Award を受賞されるに至りました。さらに、薬学共用試験 (OSCECBT)、薬局・病院実習を全学生に実施しながら、このような高い業績を達成されている点には驚嘆せざるを得ません。薬剤師教育と最先端研究を両立させる背景には、並々ならぬ努力があったと推察されます。

また、GRRM プログラムを搭載したワークステーションを販売する HPCシステムズの営業担当者から、「これまで実績のなかった武蔵野大学からワークステーションの購入依頼があった」と驚きの声を聞いたことが印象的でした。このエピソードは、重久先生の研究に対する真摯な姿勢を物語っており、薬剤師教育の忙しい合間を縫って行われている計算化学への本気度が容易に想像されます。

重久先生の今後ますますの研究のご発展とさらなるご活躍を心よりお祈り申し上げます。

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回、私たちは長年研究を重ねてきた MHAT/RPC反応系によって、新たに2結合形成型環化 (annulation) 反応の開発に成功しました。近年の有機合成化学では、金属水素原子移動  (MHAT:metal hydride catalyzed hydrogen atom transfer) が注目を集めており、多くの研究者が参入している分野となっています。

私たちの研究グループは 2011 年から武蔵野大学薬学部でコバルトヒドリドを利用したアルケン変換の研究を進めてきました。2013 年には、コバルト触媒を用いたMHAT系において酸化剤がラジカル・ポーラー・クロスオーバー(RPC)を引き起こすことを明らかにしました(図1)。具体的には、コバルトシッフ塩基触媒、酸化剤、シリルヒドリドを組み合わせることで、アルケンに求核剤をマルコフニコフ選択的に付加させることが可能となります。この反応は中性から弱酸性という温和な条件下で進行するため、複雑分子を対象とする精密有機合成においても非常に有用です。これまで私たちは、この MHAT/RPC 系を活用して、様々な複素環合成への展開を実現してきました(図2)。

今回の研究成果は以前報告した4員環複素環(オキセタンとアゼチジン)の合成研究で偶然発見した予期せぬ生成物(環状アセタール)がきっかけとなって展開したものです(図3)。これまでは「1結合形成型環化(cyclization)」による複素環合成を行ってきましたが、今回「2結合形成型環化(annulation)」への展開が可能であることを見出し、複素環合成の適用範囲を大幅に拡大することができました。

本研究では実験系に加えて DFT 計算も実施し、反応経路、特に生成物選択性の解明に取り組みました。特に今回は、AFIR による効率的な遷移状態探索のために、北海道大学 ICReDD で MANABIYA プログラムにも参加させていただきました。

図1(MHAT/RPC反応系)

図2(代表例)

図3 (annulationの発見)

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

4員環複素環合成研究の途中で環状アセタール生成物を偶然発見した当初は「平凡なヘミアセタール経由の反応だろう」と考え (図3)、環状アセタール合成の一般性のみを検討して、比較的投稿しやすい雑誌への投稿を想定していました。しかし、当研究室の杉村君と研究を進めている中で、そのメカニズムに疑問を持つようになり、ホモアリルアルコールやアセトン以外を用いた実験も試みることにしました。

幸運なことに、この手法は当初想定していたよりもはるかに広い基質一般性を持つことが明らかになりました (図4)。この結果は本研究の価値を高める (論文のランクを上げる) 上で大変重要な発見となりました。何より、このような研究の進め方を理解し、真摯に実験に取り組んでくれた杉村君の前向きな姿勢があってこその成果だと思います。

図4(適用拡大した生成物の一部)

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

個人的には論文執筆に通常以上の時間を費やしました。ハイランクジャーナルへの掲載を目指す上で新規性は重要な要素になりますが、確立された反応条件を持つ MHAT/RPC 系の平凡な研究展開という印象を持たれないよう、特に序論の書き方には細心の注意を払いました。共同研究者の前田先生や美多先生からも貴重なご助言をいただき、納得のいく論文に仕上げることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本研究では学外の方々と議論させていただく貴重な機会に恵まれ、私としては夢のような時間を過ごすことができました。通常であれば、学生や若手研究者自身が将来の展望について語るところですが、今回は私が本研究に関わってくださった共同研究者の方々をご紹介させていただきたいと思います。

  • 杉村拓磨

我々の研究室に所属する武蔵野大学薬学部の学部生です。実務実習 (薬局、病院) がない研究期間に実験を担当しました。研究室配属前の説明会だと私の研究テーマが紹介されませんが、配属決定後説明を聞いて、一緒に MHAT 研究に取り組んでくれました。本研究では基質一般性の検討に多くの時間を要しましたが、結果的には杉村君自身でほとんどの実験を進めてくれました。京都の学会や日本薬学会年会にも参加し、研究発表も積極に行った非常に優秀な学生です

私がこの記事を書いている今日 (クリスマスイブ) は薬剤師国家試験まで約 2 か月となっており、一生懸命勉強しているところだと思います。無事に国家試験に合格され立派な薬剤師になることを心から願っています。

私 (左下) と杉村拓磨さん (右上)

  • 山田蓮さん、神名航さん

ICReDD の美多先生(大学院生時代からの友人)から北海道大学 ICReDD で実施されている MANABIYA の応募が開始されたことを聞きつけ応募し、本プログラムに参加させていただきました。前田理研究室の山田さんと神名さんは実際に私の GRRM の計算指導を担当してくださった大学院生です。本研究では MHAT/RPC メカニズムの議論を含め、研究の本質的な部分まで関わっていただきました。余談になりますが、MANABIYA で美多グループの部屋にアサインされる場合、通常は常駐している神名さんが指導を担当されることが多いようです。しかし、初日に神名さんが体調不良で欠席されていたため、たまたま前田先生の目に留まった山田さんが急遽指導担当となりました。偶然アサインされた学生でも的確に指導できてしまう学生さんの能力の高さには本当に感銘を受けました。2日目からは神名さんも合流し、2週間かけて AFIR の基礎を丁寧にご指導いただきました。MANABIYA 終了後、ワークステーションと GRRM ライセンスを購入し、独自に研究を進められる環境を整備しました。これにより、さまざまな研究に活用できるようになりました。Gaussian は MANABIYA 参加前から私自身で使用していましたが、GRRM を利用することで複雑な遷移構造の計算が効率化され、現在では GRRM なしの研究は考えられないほどです。初心者の段階では多くの計算コマンドなどを習得する必要がありますが、慣れれば問題なく活用できます。

山田蓮さん (左) と神名航さん (右)

  • Bartłomiej Szarłanさん

ポーランドの Adam Mickiewicz 大学の大学院生です。Szarłan さんは学内で海外留学の奨学金を獲得され、私たちとの研究を希望してくれました。私たちの MHAT 論文を読んで興味をもってくれたことがきっかけでした。2023 年 9 月に約 1 か月間、杉村君が病院実習で不在の時期に私とともに研究を進めてもらいました

日本での研究環境にもすぐに順応され、短期間で素晴らしい実験結果を残してくれました。日本での研究生活を非常に気に入ってくれたようで、今年度も別の奨学金で再び共同研究の機会を得ることができ、MHAT 関連の別テーマを 1 か月間進めてくれました。Szarłan さんの帰国後も研究は順調に進展しており、いずれ学会や論文で成果を報告できるものと考えています。

私 (左) とSzarłanさん (右)

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

ここまで長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。これまでは論文や学会以外の発表媒体にあまり意識が及んでいませんでしたが、今回初めてプレスリリースやケムステスポットライトリサーチに私たちの研究を紹介させていただく機会を得ました。読者の皆様に、この研究成果とそれを支えてくださった方々について知っていただければ幸いです。

Q3 では本研究の難しさとして論文執筆を挙げましたが、率直に申し上げますと、最初に思い浮かんだのは「研究の仲間探し」でした。大学からは全研究室に言い訳できないくらいの研究費が配分されているものの、共に研究と向き合ってくれる学生さんとであるかどうかが大きな課題となっています。振り返ってみると、これまで断続的に研究(論文執筆)に対する価値観を共有できる学生たちと出会えたことは、奇跡的で幸せなことだったと改めて実感しています。今後も研究を継続し、興味深い成果を出すことができたら、またケムステで紹介させて頂ければ幸いです。

研究者の略歴

重久浩樹 (Researchmap)
武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師
有機化学、有機合成化学、有機金属化学

 

重久先生、美多先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!

それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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